ごみ、リサイクル、防災、協働、まちづくり。地域の問題に取り組むシンクタンク ダイナックス都市環境研究所

トップ » 会社案内 » 会社沿革

会社沿革

沿革

前史

ダイナックス都市環境研究所のルーツは1973年に設立された株式会社ドゥタンク・ダイナックスです。「行動するシンクタンク」をめざして「Do Tank」を名乗りました。

1974年には、社会的キーパーソンの交流と種々の社会活動をインキュベートすることをめざした「サロン集」が設立されました。

(株)ダイナックス都市環境研究所の設立

ドゥタンク・ダイナックスはその後の活動の経過のなかで、市場調査部門、社会調査部門、環境問題研究部門が独立し、1984年10月に、環境問題研究部を前身として株式会社ダイナックス都市環境研究所を設立しました。

ごみ問題への取り組み

ダイナックス都市環境研究所は、ドゥタンク・ダイナックスの時代からごみ問題に取り組んできました。

まだ「リサイクル」という言葉がほとんど普及していなかった昭和50年代初頭から、焼却・埋立て中心のごみ処理から循環型社会への転換をめざして「廃棄物資源化研究会」を主宰し、自治体職員や現場の作業員、資源回収業界、製造企業、市民団体、学者、国の担当者など、さまざまな立場でごみ問題と関わる人たちが集まり、交流しながら、資源循環型の廃棄物政策を模索してきました。

この研究会(廃棄物資源化研究会)は平成15年までに77回にわたって開催され、資源分別収集のノウハウ開発と全国への普及に多大な影響を及ぼしてきました。また企業と自治体や国が対等の立場で議論し、新たな試みを進める「プラットホーム」としての役割も果たしてきました。

地域交流センターの発足

廃棄物資源化研究会のネットワークを礎に、様々な各分野の有志が「まちづくり」、「くにづくり」に関する意見交換を深め、実践していくことを目的として、「地域交流センター」が発足しました。

地域交流センターは、潜在的な社会問題を取り上げてその改善のムーブメントの先駆けとなるような、いろいろな取り組みを行っています。一例を挙げると、公共トイレの改善、パートナーシップによる河川環境の改善、環境マネジメント導入の契機、「道の駅」の実験と提案、「まちの駅」の実験と提案、全国の市町村長の連携交流の場作り、等々があります。

これらの活動は、「日本トイレ協会」「日本エコライフセンター」「全国水環境交流会」「まちの駅連絡協会」「全国首長連携交流会」「全国Eボート連携協会」などの組織を生み出し、それぞれの分野で社会的な影響力を発揮しています。ダイナックス都市環境研究所も姉妹組織としてその活動に参画してきました。

廃棄物処理計画に新しい形を提案

私たちはこのような実績とネットワークの上に立って、廃棄物に関連する計画づくりや関連の調査研究に取り組んできました。特に行政と市民、企業との協働、パートナーシップに基づく社会的合意形成を重視し、従来の計画とはひと味もふた味も違う計画を提案し、評価されるようになりました。

87〜88年に市民と現場職員の参加と協働で策定した「アメニティリサイクルタウン計画」(ごみを活かす快適なまちづくり計画・東京都東村山市)は、従来の廃棄物処理計画ではない循環型地域社会システム計画として全国的に高い評価を得ました。

91年〜93年に策定した「狛江市ごみ半減計画」は、リサイクルセンター建設の合意形成プロセスと計画内容が評価されて、日本計画学会から「計画賞優秀賞」を授与されました。

環境問題にトータルに取り組む

参加と協働による計画策定の手法が評価され、自治体の環境配慮指針の策定、環境基本計画の策定を行うようになり、廃棄物だけでなく地域の環境問題をトータルに取り扱うようになりました。

88〜89年にはエコマークの導入を検討する環境庁の検討委員会をサポート、制度導入に向けた調査研究を担当するなど、国の制度づくりに関与しました。

95年から金属加工の地場産地の環境配慮製品開発を支援し、環境ビジネスに関する調査やコンサルタントが業務として加わりました。

まちづくりプロジェクトをプロデュースする

87年に笠間市HOPE計画(地域住宅計画)、長野県長谷村の戸草ダム関連地域整備事業など、地域計画、農山村の振興計画にも取り組み始めました。

88年〜90年には「鶴見区魅力おこしプロジェクト」(横浜市)、「せたがや界隈塾」「梅ヶ丘ふれあいのあるまちづくり計画」(世田谷)などの参加型のまちづくりプロジェクトをプロデュースしました。以降、いろいろな形のまちづくりや農山村新興などのプロジェクトにも取り組んでいます。

公共トイレの改善をリード

1984年にサロン集の勉強会として「トイレットピアの会」を始めました。これが日本の「公共トイレの夜明け」の第一歩になりました。1985年に地域交流センター内に「日本トイレ協会」を設立し、事務局長に当社代表取締役の山本が就任し、事務局はダイナックス都市環境研究所が担っていました。

全国トイレシンポジウムの開催、神戸、フランス、香港などでの国際会議の開催など様々な活動を通してトイレに社会的関心が高まり、公衆トイレ、駅、デパート、オフィス、学校などのトイレ改善の動きを先導してきました。

88年には世田谷区のトイレ設計コンペをコーディネート、自治体のトイレ設計指針、維持管理指針の策定、公園のバリアフリートイレ設計指針策定など数々の「トイレプロジェクト」に関わりました。

参加と協働・社会的合意形成のコーディネーターをめざす

わたしたちは公共的問題の解決のためには「参加と協働」が不可欠であると考え、あらゆるプロジェクトにおいてこのような考え方を取り入れ、実践してきました。

ごみ焼却施設建て替え問題、産廃処分場建設問題などの「迷惑施設」をめぐる合意形成プロセスにも関わり、参加と協働にもとづいた手法と成果は高い 評価を得ています。

また、市民委員会方式による自治基本条例の策定や、協働の指針・協働推進計画などの策定に携わり、会議のファシリテーターとしての役割だけでなく自治の専門家として条例案や指針案の作成にも関わりました。このように、さまざまな分野、問題領域で、社会的合意形成のコーディネーターとしての役割をめざしています。

年表

1972年3月 株式会社シンクタンク・ダイナックス設立
1973年12月 株式会社ドウ・タンク・ダイナックスに改組
1974年4月 社会的キーパーソンの空間「サロン集」を神楽坂に設立ごみ問題の交流研究会「ゴミニティ」始まる
1976年4月 「地域交流センター」の前身となる「廃棄物行政研究会」発足
1976年 廃棄物資源化研究会始まる(東京、沼津市)
1979年11月 「サロン集」新橋に移転
1980年9月 新橋営業所(環境問題研究部)を設立
1981年4月 「地域交流センター」発足
1984年10月 株式会社ダイナックス都市環境研究所設立
1984年11月 「河川再生と市民参加」(NIRA助成研究)発刊。川での市民参加についてまとめた数少ない本として評価を受ける。(ドゥタンクダイナックス著、地域交流センター刊)
1984年7月 自治体の分別収集や再生資源の流通について解説した、日本初の本「リサイクルハンドブック」発刊(地域交流センター編、中央法規刊)
1984年11月 「日本のごみ処理−実践する都市134例」を発刊。(地域交流センター発行)
1985年11月 「サロンYU」設立
1985年 トイレ協会設立
1986年2月 第1回全国トイレシンポジウム(伊東市)
1988年 千葉県栄町の高齢者福祉基本計画を策定。ゴールドプラン策定以前に、全国に先駆けた計画。
1988年6月 美化・散乱ごみ対策について解説した日本初の本「都市と観光地の美化戦略−美化・散乱ごみ対策ハンドブック」が発刊される。(山本耕平他著、地域交流出版刊)
1989年 環境美化リーダー育成のための「環境保全活動研究会」(環境省等後援)を日光市、豊橋市で開催。以降97年まで毎年開催した。
1989年4月 全国リサイクルシンポジウム開催(早稲田大学)、10月20日を「リサイクルの日」に提唱。参加者有志によって「日本リサイクルネットワーク会議」が発足。
1990年3月 まち歩き、まちの楽しみ方をまとめた世田谷区のまちづくり本「界隈読本−界隈塾」が発刊される。企画編集を担当。
1990年10月 第1回リサイクルの日シンポジウム(沼津市)
1991年2月 改訂新版「日本のごみ処理−資源化・美化・世界の清掃事情」を発刊。(ダイナックス都市環境研究所編著、地域交流出版刊)
1991年4月 「サロン集」移転、「集&YU」になる
1992〜93年 多摩地域東京移管100周年記念事業(多摩らいふ21)において、「多摩リサイクルとことん討論会」の企画運営をサポート。多摩リサイクル市民連邦(現在NPO法人)の設立を呼びかけ。
1993年9月 神戸国際トイレシンポジウムの開催
1994年 「オフィス町内会」の白色度プロジェクトに参画。以降、オフィス町内会とともに、再生紙の需要拡大運動の推進に関わっている。
1994年10月 再生資源価格の低落によってリサイクルが危機的状況になる。緊急シンポジウムとして「リサイクルの危機・現状と展望を考える−再生資源の需要拡大は可能か」を開催。
1995年1月〜3月 阪神大震災のボランティアとして「トイレ清掃ボランティア」を組織し、避難所等のトイレ清掃と実態調査を実施。「阪神大震災トイレパニック」(日経大阪PR刊)としてとりまとめた。
1995年3月 阪神大震災復旧・復興過程の行政と市民、企業の協働の過程を調査し「協働のまちづくり推進方策」として報告書をとりまとめた。
1995年3月 「スチール缶リサイクルリングマニュアル−資源化施設の計画と技術」をまとめる。(あき缶処理対策協会発行)
1995年3月 東京都内で再生資源を取り扱う業界団体の連合組織「東京都リサイクル団体連合会」(R団連)が発足した。ダイナックス都市環境研究所が組織化をコーディネートし、98年まで事務局を置いていた。現在都内全域で約1,300社のリサイクル事業者のネットワークが築かれている。
1996年10月 第1回全国まち美化シンポジウム開催(神戸市)
1996年 生ごみ処理機の性能評価や普及をめざす「生ごみ処理機研究会」を、メーカー8社とともに設立。事務局を担当。
1996年 早稲田商店街のゴミゼロ実験をサポート。早稲田商店街のまちづくりのきっかけとなる。
1996年 ステンレス加工の産地である燕・三条地域の「日本金属ハウスウエア工業組合」とともに、環境商品開発に着手。街頭ごみ容器、組み立て式ごみ容器、ソーラークッカーなどを開発した。
1996年 「市民オーナーシップ計画推進のための市民まちづくり参加手法」(岐阜市)をとりまとめた。公民協働の手法をマニュアル化したもの。
1997年3月 「スチール缶リサイクルリングマニュアル−分別排出の方法と技術」をまとめる。(あき缶処理対策協会発行)自治体の資源化分別収集について、当社が蓄積したノウハウを集大成したもの。
1997年9月 「狛江市一般廃棄物処理基本計画」の策定過程が評価され、日本計画行政学会から「計画賞優秀賞」を授与される。
1999年 都市部での生ごみの飼料化と養豚のプロジェクトが横浜市でスタート、事業化を継続的にコーディネート。「はまぽーく」と命名し、2004年から一部市販されている。
2000年2月 NPO法人地域交流センター 発足
2001年11月 「白色度70がちょうど良い」を発行(オフィス町内会編、ぎょうせい刊)。企画編集を担当。
2001年11月 「まち美化ハンドブック−ポイ捨てのないまちづくりのマニュアル&事例集」をとりまとめる(スチール缶リサイクル協会発行)。
2002年10月 第1回「安全・安心まちづくりワークショップ」の開催。
2003年10月 HOPE計画の推進に寄与したことが評価され、同計画推進協議会よりHOPE計画特別功労賞を授与される。
2003年 当社が彦根市のTMOとともに提案した「彦根スローな観光」プロジェクトが内閣府の都市再生プロジェクトに採択された。
2003年 沖縄のNPO(エコビジョン沖縄)とともに進めてきた、生ごみの飼料化・養豚のシステム開発が、沖縄産官学連携研究プロジェクトに採択され、飼料化装置の開発や肥育ノウハウの研究を実施した。
2003年12月 「第1回全国大学生環境活動コンテスト」を開催。東京電力の協力を得て、当社が学生団体とともに企画運営を行っている。
2004年5月 「大和市自治基本条例」の市民案をとりまとめて市長に提出。公募による市民検討組織のコーディネーターとしてとりまとめに関わった。
2004年10月 ダイナックス都市環境研究所設立20周年を迎える
2005年8月 「市民による自治基本条例草案づくり」が評価され、大和市自治基本条例をつくる会と当社が計画賞(日本計画行政学会)を受賞した。
2005年8月 雨水東京国際会議の事務局として、実施運営を担当
2006年10月 自治体関係者のための3Rフォーラムを横浜市にて開催
2007年2月 食品循環養豚「はまぽーく」が畜産大賞特別賞を受賞(横浜農業協同組合食品循環型はまぽーく出荷グループが受賞)
2008年10月 モントリオール議定書20周年とフロン回収・破壊法改正記念シンポジウム「地球環境とフロン」を都内で開催(環境省主催、ノーベル化学賞受賞のローランド博士が基調講演)
2009年3月 食品循環養豚「くいまーるプロジェクト」が食品リサイクル推進環境大臣賞を受賞(くいまーる事業協同組合が受賞)
2010年 「集団回収マニュアル」の発行(スチール缶リサイクル協会)
2011年 東日本大震災
「東日本大震災支援全国ネットワーク」(JCN)発足、事務局運営を支援
2010〜2013年 容器包装リサイクルに関するステークホルダー会議「容器包装3R制度研究会」(3R推進団体連絡会)の企画運営
2012年 沖縄リサイクル運動市民の会と協働で「島嶼地域の3R国際シンポジウム開催」(那覇市において)
2013年6月 ベトナム国ホイアン市でごみ発生源調査と組成調査を実施
2014年10月 株式会社ダイナックス都市環境研究所30周年
30周年記念パーティ開催
2016年2月 エコアクション21の認証取得