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「新しい公共」について

−ローカルガバナンスと協働−

代表取締役所長  山本 耕平

Theoretical Review and Practice of "New Public"−Local Governance and Collaboration

In addition to the traditional dichotomous of "public" and "private," through which social structures have long been analyzed, the concept of "new public" identifies a third "public area" that encompasses the phenomenon of citizen's empowerment and the activities undertaken by these empowered citizens. The concept of local governance and new public have been drawing an increasing amount of attention. In order to realize these concepts, efforts have been undertaken to seek collaboration between the activities of citizens and their government.

1.公共性のパラダイム転換

 「新しい公共」の考え方は、社会構造を公私の二元論から、民の担う公共領域という新たな領域を定義することによって、公共性の意味を問い直そうという意義を持っている。従来は政府・行政が担う領域がすなわち公共領域であり、公共性の意味を政府・行政(官)と同義に考えてきたが、公共には官(公)の担う公共(公的公共性)と民が担う公共(私的公共性)があるとする考え方が広く認められつつある。さらに、その狭間には官と民が協力・協働して担う公共(私・公の混合領域)があり 、狭義にはこれを新しい公共と呼び、広義にはこのような公共性のパラダイムの転換を新しい公共と定義することが出来る。

 このような公共性のパラダイム転換の背景には、社会の問題が多様化・複雑化し、官に委ねるだけでは十分な解決が望めないことがある。加えて右肩上がりの成長は期待することはできず、国、地方ともに財政は逼迫している。さらに政府部門の経営効率は低下し、非効率な行政の改革は焦眉の課題となっている。

 こうした状況に対する処方が、小さな政府論である。80年代の英国サッチャー政権や米国レーガン政権は、減税、福祉・教育などへの支出の抑制、市場競争活性化のための規制緩和、政府系企業の民営化を推進した。政治的には新自由主義、新保守主義と呼ばれ、自由競争こそが社会の活力を生むという理念の元に市場経済のグローバル化を推し進めた。このような「減量経営」(cutback management)による行財政改革は先進国共通の政治課題となり、わが国でも中曽根政権によって、国鉄、電電公社、専売公社の三公社が民営化されるとともに、規制緩和と「民活」が推進された。

 80年代の行革論議以降、今日まで一貫しているのは、市場原理を導入して行財政運営の効率化を図ろうとする考え方である。しかし考えてみれば、政府の仕事が増えていったのは市場メカニズムから様々な社会問題が発生し、その解決が政府に期待されたからである。たとえば、自治体においては環境や福祉といった分野で業務が拡大し、それにともなって人員や財政が増大した。公害問題や福祉問題は、市場メカニズムによる外部不経済や効率的な資源配分が不十分であるがゆえの問題であり、市場の失敗と言われる。ところが今日では政府・行政には本来的に不効率さが内在し、十分なサービスを提供できないという考え方が当然視されている。これは市場の失敗になぞらえて「政府の失敗」とも呼ばれている。

 一方では、新自由主義に偏った改革は社会から疎外される人々を生み出し、貧富の格差を拡大するなど、様々な問題を惹起することが指摘されるようになった。一足先に種々の改革を進めたイギリスでは、ブレア労働党政権になってから、大きな政府でもなく小さな政府でもない「第三の道」(The Third Way)という考え方が提示された。経済学の分野ではソーシャル・キャピタル(social capital)という概念が提示され、大きな政府と小さな政府、市場と政府という二元論ではなく、両者を補完する人と人との信頼や規範、ネットワークといった社会的資本の意義が評価されるようになっている。  新しい公共の概念も、このような議論と通ずるものである。

寄本勝美 二つの公共性と官、そして民

【出典】
寄本勝美
「二つの公共性と官、そして民」
(『公共を支える民』
コモンズ 2001/2、p5)

2.市民のエンパワーメントと新しい公共
2.1 公共性への意識転換の契機となった阪神大震災

 ところでわが国で新しい公共の概念が台頭してきた背景には、もうひとつ国民・市民の公共性に対する意識や行動の変革が重要な要因としてある。その最大の契機となったのは95年1月17日におきた阪神・淡路大震災である。

 阪神大震災では多数のボランティアが活躍し、ボランティア元年とも呼ばれている。兵庫県によると、発災直後から一ヶ月間のボランティア活動人数は62万人で一日平均2万人にのぼり、半年間の累計では約124万人ものボランティアが活動した。これは驚くべき数字だ。

 もともと神戸は港町で開放的な都市だ。大阪から神戸にかけて、被害のあった芦屋、西宮などの都市も含めて、阪神間は比較的豊かな住宅都市が連なると共に、町工場が軒を並べる下町もある。働く場を求めて全国各地から移り住んだ人たちが多い。外国人も多く、神戸には歩いて数分の範囲に教会もモスクもユダヤ教のシナゴーグもある。異文化、異宗教が共生する都市である。ある意味で、成熟した日本の都市社会のモデルであるといえよう。このよう地域だからというべきか、あるいは予想に反してと言うべきか、人々は助け合いの輪の中に進んで参加し、新しい公共の扉を開くきっかけとなった。

 発災直後は行政も被害状況を把握できず、神戸市では震災が起きた当日に各区役所に出勤できた職員は三分の一程度だったという。行政をカバーしたのは地域の住民だった。被害が軽度の人たちは自分の家の片付けも終わらないまま、区役所や避難所に駆けつけて、炊き出しをしたり救援物資を運んだりした。それに続いて、隣接の都市から、あるいは関西一円から、そして全国からボランティアがやってきたのである。

 日頃はバイクで走り回っているライダー達が、その機動力を活かして避難所を巡回して情報収集や伝達、物資の配送を行ったり、仕事を休んでやってきたサラリーマンなど、従来はボランティアに無縁だと考えられるような人々がボランティア活動を行った。それぞれの国ごとに外国人を支援するボランティアや専門技術を活かすボランティアも多かった。

 また避難所では当初の混乱が収まると自治組織が生まれ、ボランティアの支援を受けながら自律的な運営が行われるようになった。地域リーダーが不在のところでは若い人たちが立ち上がり、避難者をまとめて避難所の秩序をつくった。このような市民の自主、自律的な活動を見て、ある職員は「新しく躍動するコミュニティ誕生の萌芽と受け止め、復興への意を強くした」と語っている。

2.2 行政の限界を補った市民の力

 阪神大震災の経験から、われわれは様々なことを学んだ。まず第一に、いざというときには行政ができることは限られているということである。行政まかせ、お上まかせでは、いざというときには自分たちの生活は守れないということを知ったのである。第二に、行政が頼りにならないときは、市民の力が頼りになるということである。それはコミュニティの力であり、ボランティアの力である。言い換えれば組織化された市民の活動は、行政の担ってきた領域をある程度は補完する能力を持っていることや、場合によっては行政よりもきめ細やかに弱者への配慮ができるという優れた部分があるということがわかったのである。

 第三に、市民の自主的な活動には自律性が認められるということである。被災者の多かった長田区では「長田ボランティアルーム」が開設され、個人ボランティアの組織化、ボランティア団体間の調整や行政との連絡、活動評価を団体にフィードバックして軌道修正を促すなど、ボランティア活動全体を調整し律する役割を果たした。ボランティア活動というのは無責任になりがちだという一般的な批判に対して、組織化、ネットワーク化によって総体として公共的な責任を果たすことができるということを証明したのではないか。

 第四に、ボランティア活動が身近になったことである。「困っている人に手をさしのべる」という、ごく当たり前の感情からボランティア活動への参加意欲というのは起こってくるのであるが、従来は敷居が高くてなかなか参加できなかった人も、ボランティアには様々な参加の方法があり誰でも参加できることを知った。阪神大震災でボランティア活動の経験を積んだ人たちは、自分の住む地域に戻って、ボランティア活動を始めた人も少なくない。災害救援という分野でのボランティア団体が全国に誕生し、中越地震を初めとする地震災害や近年多発している大規模水害で活躍している。

2.3 市民が主体となって担う公共の創出

 阪神大震災は、市民が社会との関わり方を自問する契機となった。社会の維持、発展のためには、市民自身が公共領域に積極的に関わっていくことが必要であること、そして阪神大震災の経験によって市民は十分にその役割を果たすことが出来ることを確信した。そして市民の働きかけによって98年には「特定非営利活動促進法」(NPO法)が制定され、公共的な活動を行う市民組織の法人化を推進する基盤ができたのである。2005年8月時点で全国に2万3,186 のNPOが認証され、福祉、環境、教育、まちづくり等、様々な領域で活動を行っている。

 こうした市民パワーの台頭を背景として、小渕内閣は21世紀における日本のあるべき姿を検討するために、「21世紀日本の構想懇談会」を設置している。2000年1月に報告書が公表されたが、その基調は公共性の見直しである。そこでは阪神大震災やオウム真理教事件を背景に、「危機に弱く、非効率的で、説明責任を欠く政府(中央、地方を問わず)は、果たして国民の人命と財産を守ることができるのかとの深刻な疑問を国民は抱いた」と述べ、21世紀のあるべき社会像として、「国民が国家と関わる方法とシステムを変えることである」と述べている。そのためには、「市民社会における個と公との関係を再定義し、再構築することである」とし、「個人を基盤に力を合わせて共に生み出す新たな公」を創出するべきであると述べている。

 ここでは「政府の失敗」を市民のエンパワーメントによって克服していこうという趣旨が読み取れるが、政府の仕事を縮小して市場領域を拡大していくという新自由主義の考え方に対して、政府―市民の関係を見直し、市民が主体となって担う公共の創出を重視している点で、まさに正鵠を射ているといえよう。

3.ローカルガバナンスと「協働」
3.1 地方自治のキーワードとしての「新しい公共」

 新しい公共概念は、分権時代の地方自治のキーワードになっている。地方自治体での新しい公共概念は、福祉やまちづくり、環境問題などの取り組みの現場から提唱された。財政などの資源的制約だけでなく、硬直化した法律や制度が多様な市民ニーズへの対応を困難にしているという事情もある。行政と現場のニーズの狭間を埋めるためには、NPOや様々な団体、企業が補完しあうことが求められる。現場ではさまざまな形の「協働」(coproduction) が生まれ、それら事実の積み上げの上に、新しい公共概念が提唱されてきたのである。

 神奈川県大和市では、2002年6月に「大和市新しい公共を創造する市民活動推進条例」が制定されている。この条例は、新しい公共概念に基づいて、行政と市民との協働を進めていくことを目的とした条例で、市民主導で策定された経緯がある 。この条例の前文では新しい公共を提唱する背景として「この10数年、福祉や環境、教育、国際交流など「公共」の領域に参加する市民や市民団体が急速に増えてきました。事業者も、地域に役立つ活動や市民との連携に目を向け始めています」と述べ、「行政により担われていた「公共」に、市民や市民団体、そして事業者も参加する時代が来ています」と述べている。そして新しい公共を「市民、市民団体、事業者及び市が協働して創出し、共に担う公共をいう」(第2条)と定義している。

3.2 自治体改革の必要性

 70年代半ば以降、自治体は地域づくりの主体として、政策立案から事業の実施まで幅広い事務をこなしてきた。「都市経営論」が注目され、自治体は「公共ディベロッパー」として開発行政の主体となった。皮肉なことに、市民パワー台頭の舞台となった神戸市が、その先駆的都市として名を馳せていた。「株式会社神戸市」と呼ばれ、乱開発に走る民間ディベロッパーに対して、市自らが土地を造成して大規模な都市開発を進めて民間開発を誘導するとともに、その利益を既存市街地の再開発等の資金として投入するというものであった。道路、学校、下水道、ごみ処理施設整備などの公共事業の枠を大きく超えて、ニュータウンを造成し、鉄道を敷設し、地下街やデパートの経営まで手がけた 。高度成長と卓抜した経営手腕は一定の成果をもたらし、神戸市の都市経営路線は全国の自治体に波及した。しかし経済情勢の変化とともに、公共ディベロッパー手法は軒並み破綻し、自治体財政の悪化の一因となっていることは周知のとおりである。

 この時代には、自治体は市民の「保護者」であり、市民もまた自治体にその役割を求めているという考えがあった。国の緩い公害規制に立ち向かって先導的な政策を推進し、福祉政策では自治体独自の給付行政が行われた。行政サービスの量的拡大は後年になってバラマキ行政として反省することになるが、70年代の自治体は「よりよい保護者」であることを市民にアピールするために、このような政策を競い合っていたのである。

 しかし80年代以降の経済情勢の変化によって、開発行政もバラマキ行政も立ち行かなくなる。国の行革論議と軌を一にして自治体も行革に着手し、行政サービス範囲の見直し、事務事業の民間委託などが進められることとなった。

 国と自治体の行政が大きく違うのは、自治体は生活に密着した行政サービスを提供していることである。そのため行政サービス範囲の見直しは、たちどころに市民生活に影響を及ぼす。逆に、少子高齢化の時代となって行政ニーズは多様化し、かつ拡大している。地方分権によって自治体の権限は拡充し、事務はさらに増大するが、小泉内閣の「三位一体改革」で明らかなように、事務の増大に対応して財源が増えるわけではない。現業部門を民間委託するといった小手先の改革だけで、この状況が克服できるはずがないのである。

3.3 ローカルガバナンス

 そこで分権時代の新たな地方自治像として押し出されてきたのは、行政も市民やNPO、企業など自治を支える多くの主体のひとつであるという考え方である。いいかえれば、行政が独占してきた公共を、地域の様々な主体が一緒になって担おうということである。市民が公共サービスの受け手になるだけでなく、場合によっては提供する側に回ることもある。行政と市民が、お互いをパートナーとして認め合い、公共的な課題解決に協力していこうという考え方である。このような自治のあり方を、ローカルガバナンスと呼んでいる。

 地方自治においては、小さな政府を掲げて単に公的公共性の領域を縮小すればよいというわけではない。環境問題や高齢化社会への対応、子育て支援などは、むしろ積極行政が求められる領域である。こうした諸課題を公共の問題として受け止め、その公共を官と民で責務や役割を分担し、相互に協力・補完しあいながら取り組んでいくという考え方が求められる。また「民」には、個人としての市民から組織化された団体、NPO、地域コミュニティ、企業など様々な主体があり、多様な主体の組み合わせによって、公共の問題に応えていくということが望まれるのである。

 もちろんこうしたガバナンスの素地は、もともと地域社会になかったわけではない。地縁的な自治組織や旧来型の団体も、官と連携しつつ公共の一端を担ってきた。しかしここでいうガバナンスとは、それぞれの主体の関係がタテでなくヨコ、あるいはネットワークとしての広がりを持つ関係であり、行政の補完、行政の仕事への参加や協力ではなく、相互の補完、相互の連携によって、地方自治のパフォーマンスを高めていこうという意味である。ローカルガバナンスとは、多様な主体が綾のように織りなす自治の姿なのである。

4.ごみ行政に見るガバナンス
4.1 自治体のリサイクル施策にみる協働

 ローカルガバナンスの例として、ごみ行政を見てみよう。高度成長時代には急増したごみの処理に、焼却施設などの整備が追いつかず、全国で「ごみ戦争」と呼ばれる事態が起こった。法律上は市町村に処理責任があるとされ、増大するごみ量に対応できるだけの処理施設整備が政策の中心であった。これに対して、迷惑施設の典型であるごみ処理施設がすんなりと建設できるわけはなかった。どこでも反対運動が起き、ごみ問題は市民と行政が対立する局面が少なくなかった。

 しかしごみ量を抑制せずにごみ問題が解決するはずがない。80年代になると資源とごみを分別収集する自治体が増えてきた。資源分別収集を行うためには、ごみの分け方、排出の仕方に市民の協力が不可欠であり、収集作業の効率化を図る必要もあった。また急増するごみ問題の要因として缶やびんなどの容器があるが、これらのものを集めた後、リサイクルのルートに乗せるためには企業の協力が求められた。こうしてごみ行政の分野では、いち早く市民と行政、収集に従事する現業職員、企業との協働が始まったのである。

 ごみ問題やリサイクルに関する問題は市民に身近で取り組みやすく、一般廃棄物に関しては自治事務として国や都道府県の統制は小さかった。そのため市民参加や協働の格好の舞台となってきた。沼津方式、藤沢方式、日立方式など、自治体の名を冠したシステムが各地で成果を競い合ったこともある。

 沼津市は全国に先駆けて、たいへんきめ細かい資源化分別収集を導入した都市として知られている。沼津方式では収集作業に従事する職員が資源化分別収集の導入という政策決定に関わり、市民と現場職員の協働という点で特徴的である 。

日立方式とは再生資源業者と市民の間で行われていた集団回収を全市的に組織化・再編し、行政が強力に支援する形である。藤沢方式とは収集日の前日に空き缶等を入れる容器を市が配布したり、ステーションに残されたごみや残渣を行政が収集する形で、民間業者の収集を行政が補完する仕組みである。このように清掃行政の分野では、地域の事情に応じていろいろな形態の協働が展開されてきた経緯がある。

 もうひとつ、企業と市民の民民協働が成功した例として、牛乳パックのリサイクルがある。そもそも牛乳パックは「禁忌品」として古紙に混入してはいけないとされてきた。しかし大量に集めて表面のラミネート加工を剥離することで製紙原料への用途を開いたのは山梨県の市民団体であった。ここから市民による牛乳パック回収運動が始まり、各地のスーパーマーケットが協力に乗り出し、製紙メーカーや古紙業界がルート整備を行った。企業と市民の協働で動き出した牛乳パックリサイクル運動は、福祉団体や消費者団体、環境保全団体など様々な組織を巻き込み、行政がそれを後押しする形でシステムが形成されていった。

4.2 循環型社会とガバナンスの確立

 都市の衛生や環境保全のためにごみを適正に処理することは、公的公共性に位置づけられ、行政の当然の責務と考えられてきた。しかし多様なごみを市町村がすべて受け皿となって適正処理することは、事実上困難である。ごみから有用な資源を回収するということを考えれば、そのことは自明であろう。法律上も家電製品やパソコンなどは、拡大生産者責任の考え方にもとづいて製造販売した事業者がリサイクルの義務を負い、排出者はその費用負担をする仕組みができている。循環型の社会システムを構築するためには、廃棄物の種別や区分、責任や役割の見直しが不可欠である。原則的には、ごみを適正なリサイクルや処理のルートに乗せる責務は排出者にあり、自治体は仕組みを管理するという考え方に立つことになる。

 またごみをどう処理するかという以前に、ごみの発生そのものを抑制することが重要である。いうまでもなく、ごみの発生抑制は行政が一方的に規制的手段を講じたからといってうまくいくものではない。ごみをできるだけ出さないような暮らし方への転換や、生産や販売のあり方を見直すためには、企業活動への消費者の意見反映や企業が消費行動を誘導していくといった対策が求められる。行政はその橋渡しをし、情報提供や環境教育を進めていく必要がある。

 このように、循環型社会を実現するためには市民、事業者を含めたガバナンスの確立が重要である。ごみ問題の領域ではすでに様々な協働が展開されているが、法律が追いついていないのが実情である。国の廃棄物政策もこのような視点から見直すことが求められている 。

5.ローカルガバナンス発展の課題
5.1 協働の原則と手法の確立

 ガバナンスの実態は、官民あるいは民民の多様な「協働」である 。しかし協働は一般的な概念としては理解されていても、具体的な事業の展開段階ではまだ様々な課題がある。

 ローカルガバナンス発展のためには、まず第一に協働を自治の理念として位置づけるべきである。例えば「自治基本条例」に理念として明記することが考えられる 。

 第二に、官民協働における原則やルールの確立である。愛知県では2004年8月に、NPOを交えた検討会の成果をふまえて「あいち協働ルールブック2004」を作成した。これには、協働の意義や原則、NPOと行政が遵守すべきルールが丁寧に取り上げられており、賛同するNPOが任意に署名することで事実上の基準としていこうというものである。このルールは毎年見直されることになっており、賛同団体も随時受け付けている。また横浜市では「横浜市における市民活動との協働に関する基本方針」(横浜コード) として、6つのルール(協働の原則)を示している(@対等の原則、A自主性尊重の原則、B自立化の原則、C相互理解の原則、D目的共有の原則、E公開の原則)。こうした協働の原則やルールを市民全体で共有し、普遍化していくことが求められる。

 第三にどのような領域が協働に適するのか、活動領域を明確にしていく必要がある。法令で対処しなければならない領域や権力作用を伴う領域、プライバシーや人権に関わる領域は協働になじむものは少ない。しかし日常の生活範囲、いいかえればコミュニティが包含するほとんどの問題は協働可能な領域とみてよいのではないか 。

 第四に官民協働の具体的手法である。横浜コードでは@補助・助成、A共催、B委託、C公の財産の使用、D後援、E情報交換・コーディネート等を挙げている。ただこれらの手法のほとんどは行政側にイニシアチブがあり、「対等の原則」と矛盾する面がある。対等の原則を重視するなら、公的な資金を投入した事業であっても、政策や事業プログラムの立案、目標設定などについて、受け手となるNPO等が決定に関与できるようにするべきであろう。そうでなければ単なる行政の代理業となり、協働の意義は失われてしまう。

 そこで重要になるのはNPO等の力量である。協働の担い手として政策的役割を果たすことができるだけの能力を持つ必要がある。しかし未だNPO等の市民団体は、財政面でも人材面でも基盤は脆弱で自立的ではない。したがって協働の担い手をどう育てるのかが、第五の課題となろう。

5.2 市民参加と市民統制

 このような協働とローカルガバナンスによる自治の発展をはかっていくためには、これらを民主的に統制する仕組みの拡充も課題となろう。1999年7月に公布された地方分権一括法によって、地方自治の姿は大きく変わることとなった。「機関委任事務」が廃止され、国との関係は上下・主従の関係から対等・協力の新しい関係に変わり、地方自治体の権限は大きくなった。

 自治体には「自己決定と自己責任」が求められ、市民の責任もそれだけ大きくなったといえる。地方分権とは身近な政府に権限が委譲されることであるが、同時に自治体に権力が集中することでもある。

 こうした権力主体としての自治体を民主的にコントロールしていくことが求められるが、そのためには政策決定における市民参加のあり方、地方議会のあり方も問われることになる。このことも忘れてはならない課題である。

  1. 寄本勝美「二つの公共性と官、そして民」(『公共を支える民』コモンズ2001/2、所収)
  2. 宮川公男・大守隆『ソーシャル・キャピタル』(東洋経済新報社2004/9)
  3. 『協働のまちづくり推進方策調査報告書』(神戸市企画調整局1995/3)震災後の区役所、ボランティアの活動を協働の視点から調査し、復興における協働推進方策をまとめている。
  4. 上記報告書、長田区役所のヒアリングまとめ。
  5. 『日本のフロンティアは日本の中にある−自立と協治で築く新世紀−』(2000/1「21世紀日本の構想」懇談会報告書、第1章 日本のフロンティアは日本の中にある(総論))
  6. 荒木は1977年にインディアナ大学の政治学者ヴィンセント・オストロムが「地域住民と自治体職員とが協働して自治体政府の役割を果してゆくこと」を表現するために造語した "Coproduction"という語を紹介し、これに従来からある「協力して働くこと」を意味する「協働」という語をあてはめた。(荒木昭次郎『参加と協働』(ぎょうせい、1990/10))。協働の訳としては、一般には"collaboration"が使われる。
  7. 井東明彦「「新しい公共」理念を基本とした条例制定や市民活動」(『地方自治職員研修臨時増刊号74号』2004/11)
  8. 70年代の神戸市の都市経営論については、都市経営路線を先導した宮崎辰雄市長の著述に詳しい。代表的な著作として『市民都市論』(宮崎辰雄、日本評論社1971.7)がある。
  9. 寄本勝美『「現場の思想」と地方自治』(学陽書房、1981/10)。寄本は本書の中で沼津市の職員参加による政策形成過程を詳しく分析している。また協働の態様による新たな清掃行政を「掛け算の式づくりとしての清掃行政」と表現している。 
  10. 全国市長会では分権とガバナンスの観点から、廃棄物処理法などの法制度を抜本的に見直す提言を「廃棄物政策に関する意見」(1911/11)としてとりまとめている。提言内容の論拠は以下の研究報告書である。『都市と廃棄物管理に関する調査研究報告書』((財)日本都市センター1999/1)
  11. 協働にはいろいろな態様が想定される。類型化の一つの例として、行政と市民あるいは企業の協働もしくは三者の協働を「公民協働」、市民と市民あるいは企業の共同を「市民協働」と定義する考え方がある。(『新しい市民参加手法に関する調査報告書』神戸市企画調整局1994/3)
  12. 神奈川県大和市の自治基本条例(2005./4施行)では、自治の基本原則として「参加および協働の原則」を規定している。(第4条 市民、市議会および市の執行機関は、自治を推進するため、それそれの責務に基づいて参加し、協働することを原則とする。)
  13. 『横浜市市民活動推進検討委員会報告』(横浜市、1999/3)
  14. 『協働のまちづくり推進方策調査報告書』(神戸市企画調整局1995/3)