ごみ、リサイクル、防災、協働、まちづくり。地域の問題に取り組むシンクタンク ダイナックス都市環境研究所

トップ » レポート・出版物 » 研究員レポート・特別報告 » 安全安心なまちづくりとトイレ対策

安全安心なまちづくりとトイレ対策

代表取締役所長  山本 耕平

1.はじめに
東京駅のバリアフリートイレ

東京駅のバリアフリートイレ。車いす利用者から高齢者、赤ちゃんまで利用できるように設備が整えられている。(写真提供:設計事務所ゴンドラ)

 筆者がトイレをまちづくりの課題として関心を持ったのは、すでに20年以上前になる。駅のトイレや公衆トイレなどいわゆる「公共トイレ」に光をあてようと、建築家や設備メーカー、行政マン、環境問題の専門家などいろいろな人たちとともに、トイレの研究会を始めたのが84年のことである。88年には「日本トイレ協会」(会長:西岡秀雄慶大名誉教授)を設立し、公共トイレの改善に向けた調査研究や啓発活動に取り組んできた。トイレに関する国際会議も何度か開催し、中国や香港のトイレ事情の改善にも多大な影響を及ぼした。現在は国際トイレ協会(本部シンガポール)も設立され、トイレ問題への取り組みの輪は世界に広がっている。(筆者は96年まで事務局長をつとめた。)

 安全安心なまちの必須の条件として、トイレが快適に使える環境を挙げるべきであろう。トイレが安全だということは、まちも安全だということだ。トイレが快適だと言うことは、誰もが安心して行動できるということである。

秋葉原の優良公共トイレ

秋葉原駅前の有料公共トイレ「オアシス」。維持管理を充実させるために有料になっている。

 公共トイレは怖いという認識があるが、実際に公共トイレでの犯罪は少ない。設計や立地上の工夫をすることで、さらに安全性は高まっている。

 また快適性という点では、日本の公共トイレはおそらく世界一だろう。バリアフリー対応も、どのような施設よりも公共トイレが進んでいる。筆者らは、障害者や高齢者などすべての人の移動と行動の自由を保障するためには、なによりもトイレが大事だと訴えてきたが、ハートビル法に結実している。

2.災害とトイレ

 トイレ対策として、今後もっと取り組みを強化すべき課題の一つはトイレの防災対策である。 

 われわれ日本人は、日頃の身の回りの衛生状態にはあまり頓着しない。それは、日本では清潔な水とごみやし尿を衛生的に処理するシステムが完備しているからである。

 もし飲み水が汚染されたり、体を清浄にするための水が足りなかったり、し尿を適切に処理できずに生活場所の近くに投棄されたりしたらどうなるか。様々な病気が蔓延するかもしれないということは、誰しもが予想されるところである。災害時にはライフラインの損壊によって、まさにこのような状態が惹起する可能性がある。

 水洗化という近代的なトイレシステムが普及した都市では、水の供給が途絶えるとトイレは使用できなくなる。ライフラインの中でも、水道の復旧はもっとも時間がかかる阪神大震災の時には、電気は4〜5日でかなりの地域で仮復旧したが、水道は80%程度まで復旧するのに1か月以上かかった。かつての「汲取り式」ではし尿を「溜めておく」ことができたが、水洗トイレは上下水道のどちらが破損しても使えなくなる。システムが回復するまで、われわれは自らの排泄物と「共存」せねばならないのである。いざというときに、そのような知恵や技術を持っておかなければならない。

3.阪神大震災とトイレ

 筆者は阪神大震災の時に日本トイレ協会の事務局長(当時)として、神戸市内のトイレの実態調査や清掃ボランティアを組織し、活動した。

 神戸市内には避難所が約600カ所もあり、その多くは学校が使われた。長田区など被害が大きかった地区では一時的に2000人、3000人という多数の人が避難所に集まった。そしてたちどころにトイレが問題となった。

 仮設トイレの設置数は震災翌日の1月18日は全市でわずか79基、21日でも524基しかなかった。トイレに対する認識の甘さと行政にその深刻さが伝わっていなかったことが大きな原因だが、仮設トイレの手配や交通の寸断された被災地への搬入に手間取ったことも大きな要因である。災害対策用として組立式トイレがあるが、近隣の自治体で備蓄しているところはほとんどなかった。そのために東京や東海地方の自治体から提供を受けたが、その運送にも時間がかかった。31日に2381基、2月中旬に3000基を越え、最終的は避難者70人に1基となって、ようやく数が足りないという苦情はなくなった。

 この経験から避難所で必要とされるトイレの数は、少なくとも100人に1基程度を目安にすべきだと考えられる。

 避難所ではトイレに近いという理由から、お年寄りが出入り口や廊下の寒いところに寝起きしたり、トイレの回数を減らすために飲食を控えすぎて脱水症状や病気を悪化させた例は数え切れないほどあった。災害時の要援護者対策が重要な課題となっているが、高齢者や障害者にとってはトイレは避難後の生死にかかわることもある重要な問題であることを認識する必要がある。

4.中越地震のトイレ対策

 新潟県環境部の資料によると、中越地震のトイレ対策は、

  • @ 仮設トイレ、携帯トイレの調達
  • A し尿処理体制の確立
  • B 仮設トイレの設置状況の把握

の3つの業務を柱として実施された。県では発災翌日の10月24日の朝からレンタルトイレ業者に手配を依頼し、市町村の要請に基づいて配備した。要請当日に調達できたものが306基、翌日の調達は401基、2日後の調達は141基で、阪神大震災の時に比較してきわめて迅速な対応ができている。最終的には2491基の仮設トイレが設置された。

 また介護用ポータブルトイレを1435基配布したほか、仮設トイレの搬入が困難なところでは携帯用トイレ(袋)を配布し、自宅で生活できる人にも携帯トイレの利用を呼びかけて、約2万6000枚の携帯用トイレを配布した。

 迅速な対応によって阪神大震災時のような深刻な状況はおこらなかったが、トイレ対策の重要性があらためて認識されるに至った。その結果、県では地域防災計画にトイレ対策計画を新設し、仮設トイレの調達でけだなく維持管理についての計画を盛り込んだり、トイレの調達について時間的な達成目標を記載している。

5.時間とともに変化するトイレニーズと対応

 トイレに対するニーズは時間と共に変わる。発災初期には、ともかく「排泄する場所」としてのトイレの確保が優先する。避難所には多数の被災者が一時的に集中するので、多少は汚れていても、臭くても、ともかくトイレがあればよいというのが初期段階のニーズだ。言い換えれば、この段階ではトイレの数が問題となるので、テントの仮設トイレでもポータブルトイレでも、「ないよりはまし」ということになる。

 仮設トイレが調達できるまでの間は、知恵と工夫でしのぐしかない。断水したトイレにそのまま汚物を流すことは禁物である。流すのは小便のみ、大便はゴミ袋にためる。立ち小便をあちこちでやるのも禁止だ。排泄する場所は決めておく。衛生のことを十分配慮することが重要である。

 農山村地域では空地や田畑に穴を掘るという方法が考えられるが、都市部では難しい。相当に深い穴を掘らなければ容量が足りないし、都市部ではし尿が水道管に浸透する可能性もある。われわれがトイレの調査を行った中でもっともユニークだったのが路上のマンホールの上に小屋をつくったトイレだ。この報告を受けた神戸市では、学校に「マンホール設置式トイレ」を整備するようになった。

 少し事態が沈静化してくると、避難所は生活する場所になる。家に戻れない被災者は、ほぼ一日中そこで暮らすことになる。この段階になると、トイレは清潔と同時に快適性を求められる。仮設トイレは和式トイレが多いことと同時に、段差が大きく、足腰の弱い高齢者には使いにくい。高齢者用には洋式トイレを用意し、トイレは男女別とすること、プライバシーの確保ができるように仕切りや目隠しを設けるなど、きめ細かい配慮が求められる。

6.防災におけるトイレ対策

 仮設トイレには、工事現場で使われているユニット型のもの、組み立て式のトイレ、テントとポータブル便器を組み合わせたタイプなどがある。組み立て式やテント式よりはユニット型の方が快適性は高い。しかし発災直後は被災地に物資を運び込むことは難しいので、ユニット型トイレを迅速に配置することは難しい。したがって緊急避難場所においては、収容人数に応じて組み立て式やテント式のトイレ備蓄しておくべきである。

阪神淡路大震災時の仮設トイレ

阪神大震災時の避難所の仮設トイレ(組み立て式)。災害用に開発されたもので、汲取り回数が少なくてすむように工夫されている。ただ、段差が大きいので高齢者の利用には不便。

 避難所となる可能性のある施設では、あらかじめ災害に対応できるようなトイレシステムを用意しておくことも必要である。水洗トイレの下が便槽になっており、いざという時には便器を取り替えて汲取りトイレにできるような工夫をしているところもある。学校が避難所になることが多いが、学校はプールの水が利用できることが多い。下水管が破損していなければ水洗トイレは一応使えるので、簡易なポンプがあると重宝するだろう。

 またバリアフリートイレをつくっておくことも必要だ。洋式の仮設トイレ、車いす用の仮設トイレは数が少ないので調達が難しいからである。

 もうひとつ重要な視点は、トイレを衛生的に維持するための清掃である。防災の備蓄資材の中に清掃用具まで含めているところは少ないだろう。阪神大震災の時には、現地からトイレ入り口のマット、掃除用の棒たわし、洗剤、ゴム手袋、モップなどの要望があった。緊急に調達して送ったが、道具があればみんなで掃除ができる。備蓄資材にぜひ加えるべきであろう。

 オフィスや事業所でも防災対策への取り組みが進みつつあるが、民間もトイレ対策を考えておく必要がある。駅、大規模ビルでは、利用者数に応じた仮設トイレの備蓄、または断水や下水道設備の破損に対処できるようなトイレの工夫などを行うべきである。

 行政は民間のトイレに関する情報を含めて、災害時のトイレ対策に係る情報を一元的に把握しておく必要がある。阪神大震災の時には、建設会社などが仮設トイレを避難所に提供・設置したものも少なくなかったが、行政にトイレの設置基数や場所などの情報が届いていなかったため、汲取り作業に大きな支障をきたした。このような点も留意しておく必要がある。

  • 【参考文献】 「まちづくりにはトイレが大事」(山本耕平著、北斗出版)、「阪神大震災トイレパニック」(日本トイレ協会監修、日経大阪PR、絶版)、「災害・都市衛生とトイレフォーラム」資料集(日本トイレ協会、2006.10)