ごみ、リサイクル、防災、協働、まちづくり。地域の問題に取り組むシンクタンク ダイナックス都市環境研究所

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ごみ・リサイクルとまちづくり(循環型社会とまちづくり)

代表取締役所長  山本 耕平

1.「ごみ」は地域と自治の顔だ

 市民連邦が設立されて15年もたった。とことん討論会は今年(平成21年)で16回目を数える。毎年、百人以上の市民が集まって「ごみ」のことを語り合ってきたわけである。関心のない人から見れば不思議な集まりなのかもしれないが、ごみのことを語り合うのは面白い。面白いから人が集まるのである。

 ではごみ問題の面白さというのは何だろう。ひとつはごみを出さない人はいないから、誰でも意見が言えるということだ。ごみ問題の究極の解決策はごみを出さないことということになるが、都市で生活する以上それは不可能である。したがって、「こうすればもっと減らせる。いや、それは価値観を変えないと難しい・・」「プラスチックは燃やすべきではない。いや、燃やしてエネルギー回収のほうが効率的だ・・」というような議論が延々と続いてきたわけだ。「リサイクルせずに燃やせ」という主張をするセンセイがおられるが、実際のところ科学的、客観的な基準を示すことは非常に難しく、判断の基準として何を重視するかによって答えは違うわけである。「燃やせ、埋めろ」と主張するセンセイと、「燃やさない、埋め立てない」と主張する市民の、どちらが正しいとは言い切れないところにごみ問題を議論する面白さがある。われわれは「燃やす」と「燃やさない」の間に答えを求めて、議論を続けてきたわけだ。

 産業廃棄物を除くごみの処理は、市町村の自治事務である。旧自治法の時代には固有事務と呼んだ。自治事務とは地方自治の本旨にもとづいて市町村が自らの判断と責任で行う事務のことである。自治事務に対して国の委託を受けて都道府県や市町村が行う事務を法定受託事務という。旧法では機関委任事務というのがあり、国が自治体の長という機関に委任して行う事務とされ国の指揮監督の下に置かれていたが、法定受託事務になって自治体の裁量範囲が大きくなった。産業廃棄物行政は機関委任事務であったために、自治体の裁量範囲はきわめて小さかった。

 さて自治事務は法律に違反しない限り、市町村の裁量で行うことができるので、市町村ごとに内容が大きく違うことがある。ごみの分別方法や手数料金額、収集回数などが異なっているのも、自治事務であるからだ。現在のような循環関係の法律がない時代には、もっとバラエティがあった。人口や財政規模、都市と農村などの条件の違いによって収集や処理の方法は違うが、そこに市民参加や現場職員の参加など行政姿勢の違いが加わって、様々な仕組みが生まれた。ごみは自治のショーウィンドーであり、自治を考える上での恰好のケーススタディであるといえる。

 ごみを語ることの面白さはここにある。ごみは地域の顔、自治の顔だから、ごみを語ることは地域を語ること、自治のありようを語ることにつながるからだ。

2.資源分別収集のかげにはドラマがあった

 沼津市は、今日の「行政回収」と呼ばれる資源分別収集の草分けである。沼津市でも昭和48年に処分場と焼却工場の反対運動に直面し、その中から沼津方式の分別排出・収集が生まれた。沼津方式は清掃現場の職員が発案し、現業職員が一丸となって取り組んだ事例として知られているが、その中には数え切れないほどのエピソードがある。一部市民には「清掃労働者」への蔑視が根強くあり、市民を説得するために地域に入ることは自身が清掃労働者であることを明かすことになる。職員にとっては苦しい葛藤があった。次第に支持してくれる市民が増え、当局と現場、市民が一体となって乗り越えていった話は、まさにドラマである。

 ちなみに沼津が燃えていた頃、寄本先生からしばしば話を聞かされた。研究室のテーブルを囲んで、清掃労働者と呼ばれる人たちがどれほど公共的使命感をもって頑張っているかという話に耳を傾けたものだ。(沼津市の取組みについては、寄本勝美著『「現場」の思想と地方自治』(学陽書房)に詳しい)

 沼津方式は全国の市町村と清掃労働者の組合に多大な影響をもたらした。ひっきりなしに見学者が訪れ、職員の家にホームステイをして収集を体験する清掃労働者も少なからずいたそうだ。その交流の中から○○方式と呼ばれるような、地域独自のシステムが生まれたのである。

 容器包装リサイクル法で資源分別収集が全国に一気に広がった感があるが、そもそも容器包装リサイクル法は資源分別収集を実施していた市町村から「せめて集めたものくらいは企業の責任で引き取ってほしい」という要望からできた制度だ。それ以前は、集めた資源物を売るために、いろいろと工夫せざるを得なかった。例えばスチール缶は低級スクラップだとして業者に買いたたかれていた市では、電炉メーカー系列の商社に引き取ってもらったり、カレット業者が近くにない市はガラスびんメーカーに直談判して引き取らせたりしていた。カレットでガラス工芸を始めてしまったところもある。こういうところにも自治体の創意工夫があふれていた。

 東村山市は多摩地域でも比較的早く資源分別収集に取り組んだが、このときの計画は「アメニティ・リサイクルタウン計画−ごみを活かす快適なまちづくり計画」と名付けた。筆者はこの計画策定に関わったが、収集職員がまちの隅々までいろいろなことに熟知していることに驚いた。市内のごみ集積所の写真をとってきて議論しているときに、彼らは電柱とごみと塀しか写っていない写真から、その場所、自治会の役員さんの名前、地域の事情などをすらすらと解説してくれたのである。こういう財産を活用しない手はないので、ぜひ収集職員を中心に推進するよう助言し、新システム推進室なる組織ができた。ワープロもまだ普及していないときに、彼らは自前でワープロを買ってチラシを作り、分別の説明会をやった。溶接やら電気の技術のある職員も多かったので、粗大ごみを修理したり改造自転車をつくったりする「とんぼ工房」を開設した。福祉施設が多いところなので、選別施設には障害者が従事することを前提として施設設計をし、福祉とリサイクルのジョイントをめざした。あの当時、こうした取り組みは全国的に高く評価された。

 「リサイクル音頭」をレコードにしてそれで全市で盆踊りをやった善通寺市、ごみの総量規制を掲げた津島市、行政による資源分別収集ではなく集団回収を全市に拡大した平塚市等々、おもいつくだけでも枚挙にいとまがないほどである。

 民間にもいろいろなドラマがあった。秦野市を中心とする丹沢グループは「資源の産地直送方式」をかかげるユニークな再生資源業者で、自らを「ニューくずや」と称した。何台ものトラックを連ねて資源回収に出向き、トラックがいっぱいになったらそのまま製紙メーカーや鉄屑問屋に直送するという方法である。ベンチャービジネスとして「くずや」を始めた人も多く、そのうちの数社は地域でも有数の回収業者として活躍している。

 大阪のごみ収集委託業者の社長は、「わしらの仕事はまちをきれいにすることや。そのためにはきれいなものを愛でる感性をやしなわないかん。」といって、収集の従業員を毎年美術館に連れて行っていた。

 昔を懐かしむわけではないが、あの頃、今日のような循環関連法が制定される以前には直営、民間にかかわらず、ごみとリサイクルの現場ではいろいろな取組が行われており、そこに様々なドラマが生まれていたのである。

3.循環型社会は分権によって実現する

 ところでこのようなごみをめぐるドラマを聞くことは少なくなったように思う。15年前に市民連邦が設立された頃は、廃棄物処理法の大幅改正や再生資源利用促進法が施行され、廃棄物政策の転換が図られようとした時期であった。その後、容器包装リサイクル法、家電リサイクル法(特定家庭用機器再商品化法)の制定と続き、2000年には循環型社会形成推進基本法」をはじめ6つの法律の制定・改正が行われ、02年には自動車リサイクル法も制定された。循環型社会という言葉もすっかり定着し、国の法体系整備は一段落した格好になっている。

 しかし新たにつくられた国の制度は、ほとんど「国の直轄」である。廃棄物処理法は一般廃棄物を自治事務、産業廃棄物を法定受託事務とし、自治体の裁量を認めている。だが本来はこれらの法律と密接に関係するはずの循環関連法には自治体の権限はほとんどない。建前的には容器包装廃棄物を分別収集するかしないかは市町村の裁量に任されているが、収集したものを引き取ってもらうためには品質の基準や10トン車1台分程度を保管することなどの基準がある。(財)容器包装リサイクル協会は入札で再商品化事業者を選ぶが、これには地域を一切考慮しない。その地域に適当に事業者がいたとしても、入札で負けたら「原料」を獲得することはできない。静脈産業を育成したくともできない制度になっている。

 循環法によってパイプの上流対策が拡充されたことは評価できるが、事業者を指導監督したり、場合によっては事業者と協力・連携したりする権限が市町村にほとんどないために、独自の取り組みをしにくくなっているのではないだろうか。たとえば容器包装を利用する事業者が再商品化委託する際の受付は(財)容器包装リサイクル協会に直接申し込むか、各地の商工会議所が窓口になっている。再商品化義務を果たさないタダ乗り事業者の調査は国の出先機関が行う。これではきめ細かいチェックはできないだろう。家電リサイクル法についても同様だ。小売店が適切にリサイクルしたかどうかについて、自治体の権限はおよばない。そのために家電リサイクル料金をとったにもかかわらず、下取りした廃家電を横流ししていた量販店が摘発されたりしている。

 食品リサイクル法は大規模な排出事業者に適用されるが、これも自治体の役割はないに等しい。バイオマスの利活用が望まれているが、市町村の政策に食品リサイクル法はリンクしないのである。

 自治体に監督の権限を持たせ、地域の実情に応じた指導ができるようにしたほうがよい。要するに循環関連法はもっと分権すべきなのである。市町村からそのような声が聞こえてこないことも残念だ。

 一般廃棄物の処理は市町村の責任とされているが、これからは市町村が処理施設を設備して自ら処理を行うのではなく、いろいろな制度を運用して廃棄物の発生や流れを管理するということが必要だろう。たとえば農地が多い地域では、バイオマスとしての活用に重点を置いた仕組みにしたほうがよい。臨海部の工業地域では、産業施設を活用した処理が行われてもよい。産業政策やまちづくりとリンクした廃棄物の処理ができるように、法律の上乗せや横出しができるようにすべきではないか。循環型社会は分権的な取り組みがなければ進まないのではないだろうか。

4.これからの市民連邦の役割

 徳島県の上勝町はゼロエミッションを掲げてごみの徹底した分別とリサイクルで有名だ。しかし技術や制度において多摩地域の参考になることはほとんどないと言ってよい。そもそも上勝町は四国の山深い町で、くねくねと曲がりくねった道を車で走ると棚田があり集落がある。こういう集落が尾根ごとにあるので、ごみ収集はきわめて効率が悪いために、町民はごみ捨て場に自分でごみを運んでいた。そのごみ捨て場がリサイクルステーションに代わり、何十種類もの分別容器に分けるようになったというわけだ。焼却や埋め立てはゼロになったわけではなく、町外の委託業者に処分を頼んでいる。

 この町は「葉っぱビジネス」でも有名だ。料理のツマモノと呼ばれる木の葉を商品として出荷している。葉っぱが売れるのは上勝の自然環境のたまものだ。だからごみについても徹底してリサイクルし、焼却や埋め立てを避けよう。これが町の戦略なのだ。葉っぱビジネスの主人公は高齢者であり、ゼロエミッションアカデミーというNPO法人では町外の若者が活躍している。まちづくりのストーリーがおもしろいので、多数の視察が訪れて視察ビジネスなる言葉まで生み出した。

 とことん討論会でもよく上勝町の例が持ち出されるが、この町に魅了されるのはごみの分別方法ではなく、まちづくりにドラマがあるからだ。しかしそのドラマによって上勝流の徹底的なごみ減量方策は全国に影響を与えている。感動させるドラマは人を動かすのだ。そもそもドラマの語源は古代ギリシャ語の「ドラーン」でその意味は「行動する」ということだ。多摩地域に必要なのは、このようなまちづくりのドラマではないだろうか。

 循環型社会という耳さわりのよい言葉が広く使われるようになり、法律や制度によって社会が一転するような錯覚に陥っているがそうではあるまい。コミュニティや自治体といった小さな単位のなかでさまざまな循環の輪が形成され、重層的に社会を覆うような姿をイメージしたほうが正しいような気がする。その循環の輪をつくるためには地域の産業や資源を活用することが必要であり、まちづくりとして取り組むことが必要である。そこに関わった人たちの汗や涙や苦労話がドラマを生み人々を巻き込んでいく・・・というのは安直すぎる発想かもしれないが、凡百の議論を重ねるよりも具体的な行動のほうが人を引きつけるのに決まっている。

 市民連邦のこれからの役割は、こういうところにあるような気がするのだがいかがだろうか。