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特別報告【自治基本条例】

市民参加による条例づくり 〜大和市自治基本条例

代表取締役所長 山本 耕平

はじめに

 2000年の地方分権改革以降、「自治基本条例」を制定する自治体が増えてきている。当社は、2003年から2004年にかけて、神奈川県大和市において市民による自治基本条例検討組織(大和市自治基本条例をつくる会、以下つくる会と略す)のファシリテーターを依頼され、条例制定過程にの深く関与した。

 大和市の条例は徹底した市民参加とパブリックインボルブメントによって、条文素案を市民の手でとりまとめたことがその特徴である。その結果、住民投票の選挙権を16歳以上とすることや、厚木基地についての条文を設けるなど、市民のイニシアチブゆえに実現した条文も少なくない。

 さらに特筆すべきは、まったく白紙の状態からスタートして、最終的な条例素案までまとめるという困難な作業を、市民自身の手で行ったことである。市民合意を集約するためにパブリックインボルブメント(PI)的手法を取り入れるとともに、つくる会での議論はファシリテーション的アプローチを取り入れた。このような検討のプロセス自体も、他に事例をみないものであると言える。

 本稿では、ファシリテーターとして関わってきた経験から、大和市での自治基本条例制定の経緯と合意形成のための手法について概説する。

1.自治基本条例とは何か

 自治基本条例とは、自治体における自治の理念や行政運営の基本原則を定めた、自治体の「最高規範」であるとされる。平成12年12月にニセコ町が制定した「ニセコ町まちづくり基本条例」がその嚆矢と言ってよいだろう。地方分権改革によって、文字通り自治体に「自治の責任」が拡充されたことが、の契機となっている。

 しかし「自治基本条例」と呼ばれるもののなかには、「市民参加条例」「まちづくり条例」「行政基本条例」なども含まれて論じられることも多く、また「最高規範としての自治基本条例」として制定あるいは検討されている条例の中身は、自治体によって様々である。

 つまり、いわゆる「自治基本条例」は、自治の理念や原則を定めるものという共通の認識以上に、定義や内容はまだ確立していないものと言える。

 一方で、「自治体の憲法」とまで表現されることがあり、条例の内容によってはその地域の自治の在り方を大きく左右するものであるから、その制定にあたっては何よりも市民の意見、意思の反映が重視されるべきである。

 このような考え方から、各地で進められている自治基本条例の制定には、市民参加による検討組織を設置している例が大半である。

2.大和市が条例制定に取り組んだ背景

 大和市は、神奈川県のほぼ中央、横浜、町田、相模原市などに隣接し、3つの鉄道が東西南北に走る交通の利便が良い住宅都市である。人口は約21万人で、東京や横浜に通勤するサラリーマンが多い。住宅都市としての利便性が高い反面、市内に厚木基地を抱えている。厚木基地は大和、綾瀬、海老名の3市にまたがって所在しており、都市の発展には大きな障害となっている。 

大和市は平成13年度に特例市の指定を受け、地方分権の推進に積極的に取り組んできた。また市民参や協働についても積極的な取り組みを進めている。

 自治基本条例制定のきっかけとなったのは、平成14年に制定された「大和市新しい公共を創造する市民活動推進条例」である。この条例は市民と行政の協働事業を推進する条例として、全国的にも注目されている条例であるが、この策定に市民参加の検討組織(協働ルール検討会議)を設けて、市民が中心となって条例素案を作成したという経緯がある。この会議は、委員14名(学識経験者2名、団体代表者6名、公募委員6名)で構成し、平成13年1月から12月の間に、8回の会議、12回の部会を開いて、条例素案を含む提言を市長に提出した。

大和市ホームページ:新しい公共を創造する市民活動推進条例について
※別ウィンドウで開きます

 自治基本条例の制定は、この条例の検討過程で市民から提案されると同時に、地方分権の潮流として自治基本条例制定を考えていた土屋侯保市長の考えが一致、さらなる市民参加のステップアップとして自治基本条例制定に取り組むこととなった。そして平成14年4月に「分権強化推進担当」(課相当)が自治基本条例制定の事務局として位置づけられ、作業が始まったのである。

3.「大和市自治基本条例をつくる会」と検討体制

 まず条例の検討体制について特筆すべき点を上げておく。

 第一に、条例素案の検討を白紙の段階から、公募市民を主体とする「大和市自治基本条例をつくる会」に委ねたことである。応募した市民は35名(男性29名、女性6名)、10代(大学生2名)から80代まで、年齢層も多彩であった。

第二に、このつくる会には、「行政のプロ」「法律のプロ」として職員も参加し、市民の活動をサポートするとともに、検討に加わったことである。市民の検討組織と職員の検討組織を別に設けて、それぞれの案をすりあわせする手法も考えられるが、大和市では職員と市民が「協働」して、素案作成に取り組んだ。

第三に、学識経験者の位置づけである。通例はこのような組織の場合、学識経験者が委員長として会の活動を指導し、とりまとめることが多い。しかし大和市の場合、学識経験者は市民の議論に助言したり支援する役割とした。学識経験者として牛山久仁彦明治大学助教授が加わった。

 第四に、会の進行役として「ファシリテーター」を置いたことである。ファシリテーターという言葉はまだ耳慣れないが、中立的な立場で議論の舵取りを行い、意見のとりまとめをする役割である。ファシリテーターの役割自体が認知されていない状況では、この仕事にふさわしいファシリテーターをさがすことも、職員にとっては重要な業務だったようだが、結果的に複数社のまちづくりコンサルタントなどの中から筆者が選ばれた。

表.検討体制
市民メンバー 35名 公募。市内在住、在勤、在学。

年齢層は、10代2名、20代2名、30代1名、40代3名、50代10名、60代14名、70代以上3名

学識経験者メンバー 1名 明治大学政経学部助教授 牛山久仁彦氏
市職員メンバー 5名 関係課推薦3名、庁内公募2名
ファシリテーター 1名 ダイナックス都市環境研究所
(ワークショップなどでは複数名で対応)
事務局 5名 企画部分権強化推進担当4名、部長1名
4.市民参加とPI

 平成14年10月26日につくる会の初会合があり、以降、平成16年5月30日に条例素案を市長に提出するまでに、のべ119回の会合と63回の市民との意見交換会を重ねた。徹底した市民参加とPIによって、まったくの白紙から議論を積み上げ、条文素案までまとめあげた。素案は行政内部での若干の手直しを経て、9月に議会に上程され10月に公布、17年4月1日に施行された。

 PI(パブリック・インボルブメント、Public Involvement)は、政策形成や計画策定に市民や様々な関係者を巻き込んでいく、という意味が込められている。日本語では「住民参画」「市民参画」と言い換える案が国立国語研究所から出されているが、従来の市民参加よりももっと積極的に政策の立案段階や構想・計画段階から市民意見を反映することを強調するために、PI(ピー・アイ)という略語をそのまま使うケースが多いようだ。

 自治基本条例は「自治体の憲法」とよばれることがあるが、法理論上は条例間の上下関係というのはないとされる。したがって自治基本条例が「最高規範」としての地位を獲得するためには、徹底した市民参加こそが根拠となる。このような考え方から、つくる会ではPIを掲げて様々な市民層のもとへ出かけ、いろいろな意見を聞く機会を重ねた。

 「PIはどのように条例に反映されたのか」という質問をよく聞く。膨大な意見を整理し、議論の材料として活用したことは当然であるが、それよりもPIを重ねることで、つくる会のメンバーが述べる意見が、当初は「個人的価値観に基づく意見」だったものが昇華され、一般化されていった点にその効果をみるべきである。

 つまり、つくる会の当初の議論は個人的な意見の積み上げにすぎなかったが、PIを経ることで市民全体の意思を集約しようという方向に議論が収斂していくことになったのである。言い換えれば、つくる会はPIを重ねることで、市民意見を代弁する場となったと言える。この点では、ある意味で「多数を代表」する議会に対して、PIを経たあとのつくる会は「質を代表する」場になったとも言える。

市民参加とPIのフロー図

フロー図
(クリックすると別ウィンドウで拡大表示します)

5.ファシリテーション

 ファシリテーションとは、会議や活動が円滑に行われるように支援を行うこと、あるいはそのための技術のことを意味する。ファシリテーションを行う人をファシリテーターという。日本語にはまだなじみがないが、「協働促進」と訳されることがある。

 最も狭義には、「会議を効果的に行うための働きかけ」を意味し、円滑に会議を運営し、議事の進行プロセスを管理する人をファシリテーターと呼ぶ。 もっと広くとらえれば、「組織による創造、変革、問題解決、合意形成、学習などを支援し促進させる働き」となる。あらゆる種類の知識創造の場をつくり、そのプロセスを推進するのが、ファシリテーターの役割である。(NPO法人日本ファシリテーション協会)

 日本ファシリテーション協会によると、ファシリテーションのポイントとして以下の3つがあげられている。

 第一は、活動(狭義には会議)全体の進め方を俯瞰的に計画(プロセス・デザイン)しておくことである。第二は、その計画に基づいて、活動の進行を管理する(プロセス・マネジメント)ことである。第三は、全体の合意形成のために、論点を整理したり意見の対立を調整したりすること(コンフリクト・マネジメント)である。

プロセス・デザイン

 まずプロセス・デザインだが、大和市自治基本条例の検討では全体を4つのステップに分けて、積み上げていくというアプローチを想定した。第1段階は「学習・情報の共有」に重点を置きつつ、「自治基本条例とは何か」ということをある程度咀嚼し、検討課題を整理するプロセスである。メンバーのキャリアや知識、市民活動の経験の有無など、バックボーンが様々であるので、まず対等に議論ができるようにするためには、ある程度は知識や情報のレベルがそろっていることが望ましい。そのために議論に入る前に、学習や情報をインプットする時間が不可欠であるが、往々にしてこの時間を十分にとらずに議論に入るケースがある。結果として直接的な利害関係者ほど情報量が多いため、発言力が増して、他のメンバーとのバランスを失するということが少なくない。この点は十分に配慮しておかなければならない。

 第2段階は条例の検討課題をもとに、市民の意見を直接聞こうという「PIの展開」である。つくる会は何らかの手続きを経て、市民を代表して参加しているわけではない。しかし議論の中身は、単なる個人の見解や思いつきに基づくものではなく、市民の意見を代 弁したものでなければならない。PIはそのためのプロセスである。多数の市民と意見交換をすることによって、メンバーそれぞれが個人的持っている意見が咀嚼され、一般化されることを意図したアプローチである。

 またこの段階では、テーマ別の活動チームを設けて、多様な手法で市民意見を聴くことを計画した。

 第3段階はPIを経て、意見を集約し条例素案にまとめていくプロセスである。この段階ではつくる会の内部的な作業が中心になる。

 そして第4段階では素案を市民にフィードバックし、修正を加えるプロセスである。当初はそのための手段としてシンポジウムなどを想定していたが、結果的にはこの段階でもPIを展開することとなった。

 以上が当初のプロセス・デザインである。図は当初段階に作成したものである。

図:つくる会の活動展開
クリックすると別ウィンドウで拡大します(PDF)

 なおプロセス・デザインには、活動の進行計画以外に、会議の運営方法や活動全体についての約束事、会長や副会長などの人事も重要である。

プロセス・マネジメント

 短時間の会議では、会議の進行テクニックということもできる。問題点をクリアにし、同意できる点、対立している点を整理して解決策の提案につながるような、会議の進行管理の手法が必要である。そのために、漫然と意見を述べるのではなく、カードを使って整理したり、ボードにわかりやすく図解するなどのテクニックがある。(図に表現する手法をファシリテーション・グラフィックと呼ぶ)

 広義のファシリテーションにおいても、同様のことが言える。第1段階ではワークショップによって、いろいろな問題を出して整理し、問題を共有する作業からスタートした。この作業をテーマ・分野を変えて何回か行う中で、問題の根底にある共通した課題が自治基本条例のテーマであることに気づいてきた。これを整理することで、条例のイメージをようやく掴むことができたと言える。

 PIを経た後は、ワークショップのような手法では議論がつくせない。条文に近づくほど全体で議論を重ねることになっていったが、発言の多いメンバーと聞き手に回るメンバー、同じことを繰り返し述べる人、意見を全く曲げようとしない人など、なかなか議論を収斂させる方向には至らない。このような会議をどのように進行するかが、重要である。

 学識経験者が座長の委員会などでは、意見の対立は座長の権限と学識者の知見によって収めてしまうことがやや意が、ファシリテーターは中立的な立場に立って進行するので、強引にまとめることはできない。

 ここがファシリテーターの会議運営のスキル、テクニックの発揮しどころであるが、その内容までここで詳しく説明することはしない。ただ、ファシリテーターは意見の対立よりも、合意できる部分に目を向けて、それを積み上げていくということが大事だということだ。

コンフリクト・マネジメント

 意見が対立した場合に、どうまとめていくか。一般の会議運営では「多数決」という方法がある。しかし多数決という方法は、少数意見の人は常に不満を抱えたままということになりかねない。したがって、原則的には全員が納得するまで何度でも会議を重ねるべきである。

 ファシリテーターは、対立が感情的にならないように、発言の「量」を調整したり、どこまでが共通点でどこが相違点なのかを整理して、議論が堂々巡りしないように図示したり、あるいは議論の角度を変えてみるといった進行を工夫する。

 このような対立した意見の調整、対立した議論の場の進行は、ファシリテーターの手腕によるところが大きいが、重要なことは「対立を怖れない」ということである。特に対立を怖れるあまりに、行政は反対者を除外したり、強引に結論づけてしまいがちであるが、それは市民参加の過程を台無しにすることである。メンバーの理性を信頼して、議論を見守ることが行政には求められる。

 大和市の例では学識者の知見に対しても反対する意見があり、夜を徹する論争が行われたこともある。学識者の見解と職員メンバーの意見が対立し、最終的には市長の判断に委ねられたものもあれば、議会に判断を委ねるという見解でまとめた項目もある。

 このように、とことん議論を詰めた上で、それでも調整できないものは、別の形での判断を仰ぐというのがひとつの方法である。

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